STAND WAVE

夏の終わりに、、、

明日は、早朝に我が家を出発。 福島県郡山市に向かいます。 「LOVE FOR NIPPON」のスタッフとして 朝から会場設営などのお手伝いをし、 「STAND WAVE」として、 歌を歌います。 福島県で歌うのは初めてです。 福島県で生まれ育ち、今は東京で暮らす大切な友人が、 前日から一人で福島に行き準備をしてくれて、 明日が素晴らしい一日となるよう尽力してくれています。 彼がとても大切にしている「故郷」で、 大切に歌を歌ってきたいと思っています。 6月に「LOVE FOR NIPPON」という団体に出会い、 様々な場面でお手伝いをさせて頂くようになりました。 まだ、2ヶ月しか経っていないのに、 一緒に活動・行動する仲間が沢山出来て、 個人での出来る事の限界を感じていた中で、 想いを同じくする人たちと 共に行動できる喜びを感じています。 この8月は、 沢山の場所を訪ねました。 大槌・岩手三陸に3泊で帰り、 宮城県の様々な場所を訪ね、 明日、福島県で触れ合い歌います。 「STAND WAVE」 というグループ名は、 僕の名前 「波起」 からきています。 震災後は、自分の名前を言うのをためらう時もありました。
STAND WAVE

福島県郡山市で唄います

今週の土曜日、25日に、 福島県郡山市で行われる 「LOVE FOR NIPPON」 と 「24時間テレビ」との共催イベントに、 STAND WAVEとして出演します。 会場となる郡山市「ビックパレットふくしま」は、 震災後に県内の最大の避難所として、 約8,000名の方が避難されていました。 今もビックパレットの横には 仮設住宅が建っています。 様々な現実を体感して、 音楽を通して、また個人として 何が出来るかを常に問い続けながら、 共に楽しい時間を過ごしてきたいと思います。
ボランティア活動

あなたに会いにいく

あの日、2011.3.11から1年5ヶ月が経ちました。 ちょうどお盆の時期。 亡くなった方を、迎え・送ります。 昨日、 宮城県山元町を訪ねてきました。 会いたい人がいます。 「ぜん君」 この日、誕生日で6歳になった幼稚園生。 沢山の好奇心と、 屈託のない笑顔で、 いつも僕らに接してくれます。 STAND WAVEのCDを渡したら、歌えるようになった と聞いたので、 「お家ライブ」 をしてきました。 ぜん君宅を訪ねる前に、 今の山元町を知りたくて、 3時間ほど町を廻りました。 沿岸部は、ほぼ壊滅し、 人工16,000人の小さな町で、 4,000棟の家が全半壊し、 主要な駅「山下駅」と「坂元駅」は、 壊れ、線路に草が生えていました。 山元町には高校がないため、 電車を使って高校に通っていた人たちは、 町に住むことが出来なくなり、 人口減少率がとても高くなっています。 若い人が、子育て出来る託児所なども不十分なため、 町自体が、どんどん高齢化していっています。 そんな山元町でくらす「ぜん君」とご家族に会いに行きました。 「被災地にボランティア」 というと、どうもハードルが高いような気がしますが、 「会いたい人に会いに行く」 というのは、とても心をワクワクさせてくれます。
STAND WAVE

だからここに来るんです

「二つの大きなひまわり ~大槌物語~」 STAND WAVEの楽曲にあるこの歌、 上野 トヨさんとの出会いがきっかけで できた思い入れのある1曲です。 大槌町へいくと、 毎回、どこかでお会いしていました。 そして今回は、お家にお邪魔しました。 つもる話はたくさんあって、 孫のようにいつも気にかけてくれる優しいおばあちゃん。 そこで、 STAND WAVEの音楽をいつも聞いてくれているというので 「二つの大きなひまわり~大槌物語~」 をギターだけで生で歌いました。 とても思い入れのある1曲です。 みんなで涙がこぼれました。 悲しい涙ではなく、 幸せの涙でした。 「また来ます!」と約束しました。 そして、夜、仮設商店街でご飯を食べていると 突然電話がなり、急遽 おおつち災害FMのラジオに出演することになりました。 しかも、スタジオで生歌です。 緊張する暇もなく、 本番! 初めてのスタジオで生歌。 気持ちよかったです。
波起の雑記

ありがとう。またね。

車が関東に入りました。 土砂降りになったり晴れたり 夏の変わりやすい天気と同じように、 僕の心も嬉しさと楽しさと寂しさが入り混じっています。 3日の夜に復興食堂でみんなと再会し 泥の中転んだり、歌ったり、 会いたい人にたくさん会えて、 素晴らしい4日間でした。 タイミングが合わず会えなかった人もいたけど、 またすぐに大槌に、三陸に帰ってきます。 本当に楽しかった。 心から楽しかった。 ありがとう 会えて嬉しかった。
ボランティア活動

子どもたちの笑顔

岩手県大槌町の仮設商店街にある 鮮魚店「河合商店」に遊びに行っている時でした。 沢山話をしたり、 将来の夢を聞いたり、 一緒に歌を歌ったり、 約1ヶ月ぶりの再会でしたが、 長女の「なっちゃん」や「ひかる」や「つばさ」が 僕らと会えるのを楽しみにしていてくれました。 震災直後、 瓦礫で埋め尽くされた大槌町の中を何日も歩き続け、 そしてその瓦礫で「Ape」という とても素敵なCafeを作られた、 リアさんとノリシゲさん。 二人の子ども「いり」ちゃん。 まだ、家の基礎もそのまま残り、 いたるところにガラスの破片があり、 子どもたちは、 満足に走ることもままならないなかで、 ロウソクを作ったり、 おままごとをして、 長い時間を一緒に遊びました。 この日は、 Apeで素敵な音楽のライブ。 岩手出身の松本哲也さんや 東京から来たアーティストさんが まだ街灯もない真っ暗な町に 音楽を奏でてくれました。
ボランティア活動

キャンドルと花火

昨日は宮城県大崎市の 復興花火大会に LOVE FOR NIPPONのスタッフとして、 舞台のキャンドルの飾り付けなどのお手伝いをしました。 キャンドルと花火の幻想的な灯りの共演。 素敵な一日。 そして今日はいよいよ大槌へ!楽しい旅は続きます。
ボランティア活動

8月の出会い旅

「8月の出会い旅」 明日、早朝に家を出ます。 2日に宮城県大崎市で行われる「花火大会」のお手伝いに LOVE FOR NIPPONのスタッフとして参加します。 大崎市は、内陸にあり、津波の被害はないのですが、 地震による建物の倒壊など、 いまだに大きな傷跡が残っています。 この花火大会では、子どもたちが描いた絵が花火になる、 という素敵なイベントのお手伝いをしてきます。 昨年は、花火大会などは自粛が多かったのですが、 今年はたくさんの花火があがって、素敵です。 夜に終わったら、そのまま現地で解散して僕は大崎市で宿泊。 そのまま、第二の故郷、岩手県大槌町に帰省します。 大槌で宿が取れなかったので、釜石の民宿に3泊。 真っ先に、新しくなった「おらが大槌復興食堂」に行き、 3日に開催される、アサヒビール祭りに合流。 生ビールをたらふく飲みます。一杯100円ですって! 大槌、三陸には会いたい人が本当にたくさんいます。 こうして、FacebookやTwitterやmixiやブログなど、 ネットワークは距離を感させないものですが、 やっぱり、 実際に会って、顔を見て、握手して、ハグして、 楽しく笑い合って。 結局それが一番大切だと実感しています。
ボランティア活動

大槌帰省 2012夏

今日、大槌の若き友人から1通のメール。 「かにさん、いつ大槌に来るんですか?」 先日は、 「かにさん、普通に遊びたいっす!」 ニヤリ、として、 その後、喜びが溢れてきました。 もともと、8月上旬に大槌に帰れたら、 とぼんやり思っていたのですが、 今日のメールでスイッチオン! 急いで宿を探したのですが、夏休みもあって、 どこも満室。 でも、釜石で3泊出来る旅館を予約できました。 8月3日から3泊で大槌に帰ります。 予定など一切なしなので、 夏の大槌を満喫したいです。 あの~、とても嬉しいんです。 僕と会える事を楽しみにしていてくれる人がいること。 新しくなった復興食堂に行きたいし、 ゆっくり会いたい人がたくさんいます。 「大槌帰省 2012夏」 よろしくお願いします。
ボランティア活動

旅が続く

2011年3月11日 「東日本大震災」 とてつもない事が起こった、 ということは、何となく分かっていたけれど、 本当に何が起こったのかを知る、 また、身体中で感じるには、 時間が必要だった。 「被災地」 あまりこの言葉が好きではないから、 「被災された場所」や「現地」という言葉を使ってきた。 それは「障害者」という言葉があまり好きではなくて、 障害を持っている人、ということが多いのと似ている。 また、被災地のことを「東北」と言うことは、 徹底して避けてきた。 茨城県の高校の校長先生から電話をもらった時に痛感した。 茨城県は、震災により、多くの建物が崩壊した。 それも、3月11日の本震ではなく、 4月の余震で、だ。 このことは、あまり知られておらず、 今も仮設校舎で授業する子供たちが多いのだ。 「東北」 と、くくってしまった瞬間に、 茨城県も、長野県栄村も外れてしまう。 そんな、簡単な事ではない。 そんなシンプルなのことではない。